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ネットフリックス「三体」

 夏日和の日曜日、出掛けるつもりが、窓を開けようとして軽いぎっくり腰状態に。暫く二つ折りになって床に転がっておりました。前日に年寄りの冷や水ではしゃぎすぎたのか…

 お出かけは無理そうなので、家で大人しくすることにする。ならば、この機を使って、気になっているドラマ、「三体(ThreeBodies Problem)」一気見に挑みましょう。本は評判通りの面白さで一気読みしてしまいましたが(感想)、さて、ドラマはどうかな?

 正直、えらく薄めたという感じ。あの数万年に渡る壮大な話を、ぎゅーっとまとめて、ドラマ向けのエンタメ要素を盛込み、小難しい理屈を説明しなきゃなんないので仕方ないでしょうが、個人的には残念な出来でした。全宇宙を巻きこんだお話が、原作では殆ど全て中国内で起こり、主要登場人物も中国人ばかりなのですが、ドラマ版は舞台を英国に移し、主人公達もオックスフォード大学を卒業した色んな人種の仲間たちに設定。400年以上に渡るお話の各部の主人公3人を、同時代に入れて、同時並行的に時代の違うエピソードを進めちゃう。

 ざっくり、第一部の主人公、汪森はナノ素材科学者のオギー、第二部「暗黒森林」の羅輯がサウル、章北海がラジャ、第三部「死神永生」の程心が理論物理学者のジン、可哀そうな脳味噌男、雲天明がウィルかと思います。私の「残念」ポイントは、個人的に登場人物に魅力を感じないので、ストーリー部分が面倒臭い。正直、恋愛要素とかいらない。原作はSF部分と同時に、人間関係や社会、宗教や文化の衝突が読みどころでしたが、矮小化して小綺麗にまとめられちゃった感じ。

 主人公のオックスフォード5(って呼び方が既に厨二)に優れた知性が感じられず、彼らの会話も一生懸命背伸びしてる大学1年生みたい… たぶん、彼らが若すぎるせいかもですが、若く設定したのは、エンターテイメントとしての見た目とともに、これから400年を冷凍睡眠を売り返して、全員を話の最後まで持っていくためかも。特に、オギーとジンは稀代の天才という設定なのですが、そんな迫力が感じられない(あくまでも個人の感想です)。ジンはただの空気読めない子で、程心という強烈なキャラと結びつかない。オギーを演じている女優さんはチャーミングで、斜視気味なとこや、だらしない口元がエロくて好きなタイプだけど(←わたしゃ、助平親父か?)、汪淼の屈折が無い。とにかく、主要人物がみな、軽いんだな。智子さんのビジュアルや史強のアニキっぷりが見れなかったのも残念ポイント

 良かったのは、葉文潔に関わる部分で、冒頭の文化大革命時代は圧巻のつかみでした。葉文潔が晒された困難と理不尽さが、彼女が異星の知能体に「人類の矯正」を願うほどの絶望に達した理由を十分に納得できた(文化大革命時代の「矯正」を憎んだ結果が、異星の生命体による人類の「矯正」なのは皮肉)し、1960年代の施設もいい。三体VRゲームの場面は一番楽しみにしていた部分でもあるので物足りなかった(もっと見せて~)はあるけど、人力コンピューターや脱水する三体人が見れたのは嬉しい。そして、これはビジュアルならではの改変で、ゲーム内で何度も死ぬ「フォロワー」が、楊冬の幼いころの姿をしているのは、これからの関りに期待が持てます。 

 そして、本では割とあっさり描写された「古筝作戦」(ナノワイヤーによるジャッジメント・デイ号の輪切り)。ここは見てて、おおーっ!で良かった。冷静になると、いや、記録デバイスを無傷で回収するための作戦だったのに、これ、ヘタすりゃ記録媒体もサイコロステーキやん…なのですがwww

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こうなるところは、どう表現されるかな?
 


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関心領域 

冷酷な収容所所長は、家に帰れば良き父、良き夫である家庭人だった。

 この映画の主人公である、アウシュビッツ所長のルドルフ・ヘスもまた、そんな人物でした。今年のアカデミー賞で国際長編映画賞&音響賞の二冠に輝いた「関心領域」、受賞スピーチでの、ジョナサン・グレイザー監督のガザに対する発言が話題になりました。

 日本語字幕付きで見たのですが、本はドイツ語なので、英語の字幕も同時に入っています。英語字幕にはない補助的な解説が日本語字幕には追加されているので、日本語字幕で見てよかったです。補足説明無しだと意味不明な場面が多かったと思う。開始直後に延々と黒画面が続いて面食らいますが、日本語字幕では、ここで説明が入ります。欧米では誰もが知っているという前提なのでしょうか?

 『雰囲気映画』で、最初の黒画面だけではなく、花のアップがあったり、暗視スコープを使ったシーンがあったりで、没入感を感を高める助けになっています。正直、この暗視ソープを使った、夜の闇に紛れて州要所の囚人たちの為にリンゴや砂糖を隠す使用人のシーンは、実在のモデルがいたそうで、印象的なシーンですが、これも唐突に挿入され、その顛末も語られないので、いまいち意味が分からない。

 むしろ、描写されていない場面こそが、この映画の重要部ですから、そういった「雰囲気」シーンや、音がとても効果的。アカデミー賞でも、音響賞で認められたのは当然の結果かと思います。やや色褪せたようなパステルの画面は明るいのに、牧歌的とすら思える光景の背後には響き渡る銃声、犬の吠え声、止まることない機械音、定期的に通り過ぎる蒸気機関車、そして叫び声。この映画の感想や評論で、「ホラー以上にホラー」という表現を使っている人が多いのですが、本当にその通り。

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楽しいファミリーパーティー、壁の向こうはアウシュビッツ強制収容所

 壁の向こうの煙突からは黒い煙が上がり、奥さんのヘドヴィクの母親はヘス家を訪ねて、立派な家やヘドヴィクが丹精を込めた庭や家庭菜園、豪華な料理に「あなたはよくやっている、ここは素晴らしい」と言いながらも、壁の向こうからの物音や、煙突からの黒い煙に怯え、直ぐに出ていってしまいます。娘との会話の中で、かつて知り合いだったユダヤ人のことを話していましたが、彼女には、ユダヤ人に顔があった。それが耐えられなかった理由ではないかと思いました。

 一方で、ユダヤ人から没収した毛皮のコートやダイヤをフリマよろしく選んで、自分のものとするヘドヴィックはじめ、ナチス隊員の妻たちにとって、つい隣で身ぐるみ剥がされ、強制労働の末にガス室に送られるユダヤ人は、ただのマス(mass)でしかない。だから、毛皮のコートのポケットから使いかけの口紅が出てきても、その匂いが元の所有者の確固たる存在を主張しても、何も感じないでいられる。

 ガザでパレスティナ人の大量無差別虐殺を平然と続けるイスラエルには、ユダヤ教の根本にある選民意識、「私たちは神に選ばれた民族である」故に、その他は「劣っている」ので、ハマスも一般民も、兵士も子供も女性も十把一絡げとしか見ていない、ただのマスというアンチテーゼにはなってはいまいか?(ラスコーリニコフかいっ!?)

 この妻のヘドウィグを演じたのザンドラ・ヒュラーさんは、「落下の解剖学」で、夫殺害の嫌疑をかけられる人気女流作家を演じていました。私は「落下」を先に見ていましたが、同じ女優さんが出てるとは知らず、奥さん出てきたとき、顔見てヒエッ!なった。「落下」の方の印象が強かったですから。「落下」のわんこも受賞式に参加してて可愛かったけど、「関心領域」方のわんこも、さりげにいい味出してたと思うわ。

 アウシュビッツで成果を上げたヘスが昇進し、ベルリン郊外に栄転になりますが、ヘドウィックはここを離れたくない、子供たちを育てるには良い環境だし、3年間丹精込めてきた庭や家に居続けたいと、自分の母親は早々に逃げ出した家に残ります。隣で何が起きているかを無視し、音や煙に慣れてしまえば、「素敵な我家」なのです。幼い次男は、隣の音を打ち消そうかとするように太鼓を打ち鳴らし、いらいらと窓を閉める。次女は夢遊病になる。そして単身赴任のお父さん、悲しい。愛馬に「俺もさみしいよ」と訴えながらも、妻の希望に従う優しく感情豊かな人物。そんな彼も、性欲処理はユダヤ人の娘。相手を「人間」とか「個人」ではなく、軍から支給されるモノの一つとしか見ていないからでしょうか。

 パーティーで豪勢な広間にひしめくナチス幹部を見下ろしながら、ヘスはより効率的に大量の収容者を始末する方法を思いつきます。途中、えづきながら暗い廊下へ消えていくヘスの姿に、現在の博物館となったアウシュビッツを清掃する作業者のシーンが割り込みます。ヘスはなぜ、吐き気を感じていたのでしょうか?同胞達を死刑囚に見立てて案を思いついた自分への嫌悪感?唐突に自分が大量殺人を行っていることに気付いた?私にはわかりません。

 これを、闇に消えたつもりでも、事実と罪からは逃れられないぞという意味だと解釈した評論も読みましたが、私はそうは解釈しないな。彼は国の、上官の命令に従って、忠実に任務を果たしてきた。でも、それはヒューマニティーに対する罪だった。でも、個人に何ができたのか?ナチスは負けたから罪に問われたけど、日本に原爆を落としたアメリカ軍は、その罪を裁かれることもなく、未だ正当性を主張しています。ちょうど、日本でも「オッペハイマー」の公開が控えています。私は、日本での皆さんの感想をとても楽しみにしています。国の指示に従って大量殺戮兵器を作り出した科学者と、ヘス達、処刑されたナチス交換の違いは何?

 正直、夜の闇に紛れて州要所の囚人たちの為にリンゴや砂糖を隠す使用人には実在のモデルがいたそうです。暗視スコープを使った印象的なシーンですが、これも唐突に挿入され、その顛末も語られないので、いまいち解釈できない。

 ヘスは戦後、絞首刑となりますが、残された家族はどうなったのか、とても気になります。そこはネットのありがたさ、次女の一人、インゲ‐ブリギット・へスさんの2015年の記事、父はアウシュヴィッツ強制収容所の所長でした それでも父を愛している!独女性衝撃の告白を見つけました。酷いタイトルだけど、これを読むと、ヘス一家は当然ながら、戦後は生活に困窮し、子供たち、そしてその子供たちも苦労しました。この記事内でインタビューを受けたイエンゲ=ブリギッドさんは戦後アメリカに渡り、その恵まれた容貌を活かしてモデルもしていたそう。高身長で金髪碧眼、これぞヒトラーが理想化したアーリア人の特徴です。そしてあまりゾッとしない事実は、世界の美しさの基準は未だ、「すらりと高身長の金髪碧眼」の人々。「バービーの主人公、「典型的なバービー」も、ブロンドにブルーアイズの美人ですね。


 エンドロールの音楽(?)が始まった途端、それまで膝の上に座っていた猫が飛び降りて部屋の外に退散してしまいました。ご私も最後まで聞き続けるだけの根性はなく、直ぐにタブを閉じてしまった… 直接には何もないけど、見終わってからが長くを尾を引く作品でした。


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Dune Part 2

 街まで観に見に行って来ました!遠出した甲斐あり、大きくて明るいクッキリ鮮明画面、ドルビー音響で観て良かったです。もう、顔のアップになると、毛穴までクッキリ出見えすぎちゃって困るの~、ってくらいに。爆音とともに椅子が揺れてる気がしたんですが、もしかして、そういう施設だったのかなぁ?一作目(テンション高い過去記事、「デューン・砂の惑星」の感想)からすでに二年経っているのですね。3部作になることは決定らしいので、次も早く作って~!次の世代のお話も作って欲しいな。半ば砂虫化したレト二世とか見たいわ~

 お昼の回でしたが、ほぼ満席で、人気が伺われました。しかし年齢層は、平均的にやや高め。若い子は昼間っから映画見ないのかも。私の好きな、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の、どよ~んとした雰囲気は今回も健在。前作以上に、フロレンス・ピューや レア・セドゥ、アニャ・テイラー=ジョイという今どきの綺麗どころなスターを揃えて、超大作の名に恥じない豪華さでした。

 オースティン・バトラーのフェイド=ラウサ・ハルコンネン、冷酷さの中の繊細さが感じられる素晴らしい演技だったと思います。私世代には、スティングの演じた、頭のネジが完全にぶっ飛んだキャラクター(と、衣装)も印象深いのですが、ただの狂気だけではない、恐れと弱さをも秘めたフェイド=ラウサ、ここでの退場が勿体ない。

 アクション満載、砂漠ネズミは可愛い、そしてヴィルヌーヴ監督の真骨頂、奇妙な惑星世界に大満足です。Part 1を観て、おさらいしてから見るべきだったかなって気もしたけど、このシリーズは大画面以外で観たくないって気も… 3作目の前には一部、二部のIMAXリバイバルしてほしいな。私、エネルギードリンク飲んで挑むわ!

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アメリカン・フィクション(ネタばれ注意)

 アメリカが年で一番か二番目(?)に熱狂する、スーパーボウル・サンデーです!何かとパーティーの好きなアメリカンは、寄り集まってスーパーボウル鑑賞会などをして盛り上がります。私は、お気に入りのシンシナティ・ベンガルズのQB、ジョー・バロウ君がシーズン開始直後にいきなりケガして今期全滅。NFL史上最高額で契約延長したばかりだったのに…orz ベンガルズの成績も振るわず、私のNFLへの興味も今期全滅。住んでる間にプレーオフにまで進んで盛り上がったのが、運が良かったのね。

 そのプレーオフで敗れた相手、カンザスシティ・チーフズが二年連続でスーパーボウル進出。対戦相手はサン・フランシスコ49ersでした。結果は下馬評通り、チーフズが優勝。テーラー・スイフト嬢が恋人のTE、トラヴィス・ケルシー君の応援に日本から爆速で駆けつけ、今年のスーパーボウルの話題の半分は持って行っちゃった感が。昔からのガチNFLファンの中には、面白くない人もいるらしいですが、これまで興味のなかった若い世代や女の子達が、テイラー嬢のお陰でアメフトを見て、興味を持ち出した功績は大きいと思うの。

 スーパーボウルの試合の展開も劇的なら、あんまりに出来過ぎな話で、全ては仕組まれているなんて陰謀論がありますが、スーパーボウル進出まで左右できるほどの力があるなら、そもそもトランプが大統領になった*/
りしないって!そのトランプは、この場でテイラー嬢がバイデン支持を表明するんではないかと戦々恐々でした。この時期に、そんな身の危険を冒すほど、彼女はバカじゃないでしょwww

 そして、そんな浮世とは外れた私は、日曜の夜はアマゾンで映画「アメリカン・フィクション」を観ました。正直、この映画が日本でも公開予定(「アメリカン・フィクション」Prime Videoで独占配信、2月27日から)なのは意外、と、言いますのも、アメリカ限定みたいな小ネタが満載だったから。

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 主人公のモンクはその名の通り、文句の多い黒人小説家。家政婦のいるボストンの立派なお家に加え、ビーチハウスも所有しているような裕福な上流家族の出身です。人種についての文学講義で生徒からの苦情が出て、勤め先のLAの大学から地元であるボストンでのブックフェアに出席するよう言われますが、要は暇を出されてしまったのでした。モンクは嫌々、ボストンで家族と再会しますが、いきなり母を介護していた妹が心臓発作で急逝。整形外科医である弟はゲイであることがばれて奥さんと子供に出ていかれ、財産も家も全部取られてすっからかん。そして自分は体のいい失業の身。それまで距離を置いていた家族から、急に母の面倒その他を観なければならなくなってしまいます。

 自分の高尚な本は全く売れない一方で、「黒人っぽい」小説が絶賛されているのにムカついたモンクは、やけくそで「黒人っぽい」ステレオタイプの小説を、Stagger Lee(19世紀の黒人犯罪者で歌にもなっている)という偽名で書いたら、これが実際に出版されたばかりか、売れに売れて、権威ある文学賞にノミネートされるわ(しかも、自分がその選考者の一人になる)、映画化の話は持ち込まれるわ。

 バカな!とは思ったものの、老母がアルツハイマーにかかり、介護施設に入れるには高額が必要…と、いうわけで、お金目当てで世間の目から逃れる黒人犯罪者のふりを始める、というお話。態度はもちろん、発音を含む言葉使い、スペリング、飲物の好みまで、自分とは全く違う「タフなブラザ」を演じ、ストレスたまる。正直、いくらフリをしても、Tシャツから出る腕にタトゥーが全くないあたりでバレバレって気もしたけどね。秘密と矛盾を抱えて、主人公とは互いに一目で魅かれ合った魅力的なガールフレンドとの仲もぎくしゃく、つには完全に怒らせてしまいます。しかも、ベストセラーになったせいで、FBIが犯罪者である覆面作家、スタッガー・リーの調査に乗り出し、冗談じゃすまなくなってきた…

 強烈に皮肉が効いていますが、毒々しさは全く無くて、そこここでクスリと笑いながら、ほっこりするシーンも多く、私は好き。#BLMとか、黒人の歴史を学ぼうとかって威勢よく気合を入れても、そのこと自体が「黒人」をステレオタイプに押し込めて特別視しようとしてるんじゃないの?って、チクリとされたような気もする。私が学生だった頃に、ハーヴァード出身で母校で長年教えてきた黒人教授(もう亡くなられたけど、品の良い素敵な方だったわ)や、フルブライト奨学金でイギリスの名門大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックスに留学して学位を取った(当時は)若い黒人教授も、普通におられた。

 ワシントンDCで働いていた30年以上前、上息子を妊娠中の私に地下鉄で席を譲ってくれるのは、なぜか黒人青年だけ、と、言ったら、黒人の友人が「僕たちは黒人の若い男であるというだけで偏見の目で見られるから、特に紳士であろうと常に気を使ってるんだよ」と言っていたことも思い出します。ここ南部でも、上品な黒人紳士、レディーに出会います。うちの近所では、「Fxxk」と「Sxxt」多様の、太い金の鎖をぶら下げたタトゥーだらけの兄ちゃんが主流だけどねー
 
 映画には、元になった原作があるのかもしれないけど、主人公と互いに一目で魅かれ合ったガールフレンドが公選弁護人である設定が全く活かされていないのは残念だと思った。彼女こそ、タフな黒人のストーリーを熟知し、理解しているはずだもの。最終的に、黒人へのステレオタイプを笑い飛ばし作品であることを明かし、映画もその方向で撮る軌道修正はできたものの、ガールフレンドは相変わらず返事をしてくれない。でも、仲直り出来たら、今度は二人で、黒人へのステレオタイプの偏見をなくすために協力できるかな…と、思いました。


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「君達はどう生きるか」を観ました

 眼鏡の調整でショッピングモールへ行く用事があり、ついでに映画を見ようと思いました。前にぼやいたショボイ方の映画館のあるモールね。だから、自分的に絶対大画面で観なきゃ!か、必見だけど画像的にはPC画面でOKの中間で、ゴールデングローブにもノミネートされた「君達はどう生きるか」を吹替版で鑑賞しました。英語のタイトルは「少年とアオサギ」で、オリジナルよりとっつきやすい感じ。いきなり、「君達はどう生きるか」なんて大上段に構えられたら、怖気ついちゃうよ~

 アオサギはおっさんとか、戦時中のお話とか、ある程度の前知識はあったんだけど、こういう内容だったとは知らず、観ている間ずっと「私は何を観てるのだろう?」って困惑してたかも。闇鍋みたいな映画と評しているサイトがあったけど、ホント、そんな感じでした。画面はきれいで、お話も面白く全く飽きなかった。とてもメッセージ性の強い作品なんだろうなー、と、思ったけど、考え込まずに2時間ちょっとの間、美しい映像と先の見えない展開を楽しみました。

 ジブリの映画って、いつも背景がとても素敵なのですが、特に出てくるお家が皆、住んでみたい、訪ねてみたいお家なのです。「借りぐらしのアリエッティ」、「思い出のマーニー」、「コクリコ坂から」のお家やお庭、内装も含めて、みんな憧れます。ただし、トトロに出てくるサツキとメイの住んでた家は、実家が当ににあんな感じだったからパスだけどwww この映画でも、主人公が東京から疎開してきて住むことになった離れの洋館も好き。外観や造りは、アメリカの郊外に見られる少し古いお家みたいですが、私はそういうお家が好きで、いいな~、って外から眺めちゃうんです。そして勿論、謎を秘めた塔も、崩壊寸前の廃墟化した姿さえ魅惑的。

 この映画、黒澤明監督の晩年期の作品、「夢」に似ている気がします。「夢」は、その名の通り、黒澤版の夢十夜…夢八夜なのですが、この映画はオムニバスではないけれど、真人という主人公を縦軸に、いくつもの夢のような世界を巡っているような。過去の宮崎駿監督自身の作品を思いださせる場面も多かったです。派手なクライマックスの後、日常に戻った後日談で締めるのも、いつもの宮崎作品。少女ヒミと主人公、真人の冒険は不思議の国のアリスだし、地上に生まれる前の魂、ワラワラは、ピクサーの「ソウルフル・ワールド」っぽい。宮崎監督の自伝的要素もあるのだそうですが、だとすれば、夏子さんの産屋への訪問も含め、「塔」の中へ踏み込むのは子宮回帰?

 まるで妖精のような7人のばあや達、皆、個性的なので、キリコさんだけではなく、他の6人の若い姿とも出会ってほしかったな。それにしても、実際に見てみると、この映画がアメリカで大ウケって少し謎な気も。Miyazakiの名前の偉大さかしら?劇場は私を含めて観客は4人でした。少ないけど、もう公開してから何週間にもなるし、アメリカ人って映画は夜に見るものを決めてるようなとこがあるから、4人でも珍しくない。私は料金の安いマチネ専門ですがwww 

 しかし、やっぱり、この劇場ショボイわー!スクリーンに傷があって、ずーっと気になっちゃったよ~

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私はこっち…orz


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ゴジラ ー1.0(ネタバレ注意)

ゴジラさん、こわすぎー!!!

 ハリウッド産のバチモンとは一線を画し、勿体ぶらずに始まって数分、いきなり上陸してくるゴジラさん、怖いっ!近年のお茶目なゴジラさんイメージを完全払拭で、どえれー迫力で迫ってきます((((;゚Д゚)))))))

 「ナポレオン」を観に行ったときにぼやいたように、最寄りのリーガル・シネマ系映画館は画面が小さくて暗い。「アメリカでも絶賛されている、今回のゴジラは、こちらの評価でも、「できるだけ大きな画面で見るべし」と、あったので、美術館と組合わせて大都会、アトランタのAMC劇場まで遠出してきました。リーガルシネマとAMCは全米展開の二大映画館チェーンなのですが、この2つの差は大きいのです。AMCは背もたれが倒れて足を上げられる大型ソファ型のシートで、ロビーにバーがある。そしてリーガルの高齢者割引は65歳からですが、AMCは60歳から。

 今日も、真っ昼間っからカクテルを頂きながら、超ご機嫌で鑑賞。お昼の回にも関わらず、シアターはほぼ満席で、年齢層も人種も様々。高齢者カップルも見受けられ、ゴジラの人気を伺わせます。オタクっぽい中年男性も多かった。そういう自分はオタクっぽいおばさんなのでご同類ですけどねw

 アメリカでは映画館がショッピングモール内に入っていることが多いのですが、今日行った劇場は、ティファニーやシャネル、ヴェルサーチ等のお店の入った高級モールでした。LAハリウッドじゃヴェルサーチの向かい、NY5番街じゃプラダの向かいにお店を構える高級ブランドのユニクロも、ぜひ出店してほしい。

 映画の予告も劇場の楽しみですが、今日の予告は、まずは是枝監督の「モンスター」でした。そして、すでに予告の出ている、ハリウッド版のドタドタ走るゴジラの映画の予告を出さなかったのも、わかってるな(ニヤリ)、って感じ。吹替ではなく、字幕なのも嬉しいところです。今作のお話は予定調和といいますか期待する通りなので、ある意味、安心できたという感じ(イインダヨ、コウイウノデ!)でしたが、あの爆風で吹っ飛ばされた典子さんが生きてる、そしてあの黒いアザは、次回作への布石でしょうか?折角、ハッピーに終わったので、この続きでまた不幸になってほしくないって思うのですが(ノリコサン、ゴジラカスルノ?)。

 ゴジラ大暴れの場面の迫力も相当ですが、人間ドラマが面白いのも高評価の理由。もともと、ゴジラは、「核の落し子」で、反戦、反核メッセージを込めた怪獣なのですが、今作でもビキニ環礁での核実験のシーンを外すことなく、これによって被爆したゴジラが、最初の登場時より巨大化し、熱線を吐く怪獣になって襲いかかる。被災地となった銀座に黒い雨が降る。「オッペンハイマー」が突込めなかった核の威力・恐怖を見せつけてくれました。でも、日本は原爆の被害者なのに、なんで日本を襲うんですかー!?!

 主人公はゴジラとの因縁のある、元特攻隊員の敷島浩一(神木隆之介)、エンジン不具合をでっちあげて特攻から逃げ、怖気ついてゴジラを撃つ有機が無かったために整備兵を見殺しにしてしまったという重い罪悪感を背負っています。東京の実家に帰ってきたら、街は焼け野原、家は完全崩壊、両親は共に空襲で亡くなっていた。そんな絶望のどん底から、偶然に防空壕の中で瀕死の母親を託された赤ん坊を抱えた若い女性、典子と出会い、日本が復興していく中、ささやかな暮らしを営んでいたのですが、因縁のゴジラさんが一層凶悪化して東京を襲う!

 終戦直後で軍は動員できない(ってか、無い)し、アメリカとロシアはお互い牽制し合っているから協力は望めない。民間の俺たちが頑張るしかない!と、熱く立ち上がる復員兵たちなのでした。そして典子を失いゴジラへの復讐と、過去に決着をつけるための敷島の覚悟、敷島が怖気ついたせいで仲間が全滅した整備隊長だった橘… 日本人の心を燃やす胸熱展開が、国外でも共感されたのは嬉しい。

ゴジラさんは
おもちゃを咥える
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動くものを追い回す
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尻尾をブンブン振り回す
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ゴジラは犬だったという意見をネットで読んで、そうか!と納得してしまいました。いや、私は犬好きだけど、こんな犬はちょっとご遠慮いただきたい…

 エンドロールが流れ出した時には、拍手が沸き起こりましたよ。劇場から出て出口に向かうとき、「あれってMade in Japanなの?」という声が聞こえました。「さぁ、違うんじゃない」と応える声に、振り返って「日本の映画よっ!(It's 100% Japanese movei!)」と、言った時の私は、ものすごくムカついた顔してたと思う…(ごめん)。あと、特攻の字幕が、ひたすら「Kamikaze」だった。



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リドリー・スコットの「ナポレオン」

 IMAXで観てきました。リドリー・スコットとクリストファー・ノーラン監督作品は、IMAXで見るのが私のジャスティス。でも、前回、同じシアターで「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」を観たときに、スクリーン小さっ!と、思ったのですが、IMAXで普通の劇場サイズだった。椅子もしょぼいし、AMC系の画面が大きくて、ゆったりしたリクライニング・チェアの劇場は、きっとアトランタまで行かなきゃならないんだろうな。値段一緒なのに…ブツブツ でも、音響は良かったから、まぁ、いいか…(と、自分を慰める)

 ドンパチ・シーンは臨場感あるし、シネマトグラフィーの美しさは、大きな画面でこそ堪能できたと思います。衣装が豪華、お屋敷のインテリアや食器も豪華ですてき、お馬はかっこいいし、犬がかわいい。有名なナポレオンの絵画をそのまま表現したシーンもあって、おーという感じがすごくします(w)。

 基本的に史実を基にした歴史映画だから、大筋は分っているのですが、色々と詳細は盛ってるそうです。この映画でも、史実と違うって不満を見ますが、そんなん、フランス人もロシア人も現代アメリカ英語喋ってるとこで、史実云々って話じゃないやん、って思う。マリー・アントワネットがギロチンにかかって、ナポレオンが戦争して、派手に勝って、派手に負けて、また派手に勝って、さんざん負けて、最後はセント・ヘレナ島で死にました。

 ただ、ナポレオンは小男だったと信じられ、ナポレオン・コンプレックスという言葉があるくらいですが、映画でもホアキン・フェニックスの背が低いように強調して見せている場面がありました。調べたら、ホアキン・フェニックスの身長は173㎝で、ハリウッドの俳優さんとしては確かに低い。実際にはナポレオンの身長は、当時の平均だったそうです。ただ周りの将軍たちが大男揃いだったそうで。ヨーロッパの貴族って背が高くて体格がいいけど、代々、庶民より栄養のあるものをたらふく食べてたからだと思うので、ナポレオンは生まれついてのエリートではなく、叩き上げの軍人だということを表すにはいいかも。

RS Napoleon

 ナポレオン役のホアキン・フェニックス、流石に巧い役者さんなのですが、ナポレオンの脂ぎったイメージ(ごめんなさい)には、少し乾いてる気もした。「グラディエーター」の憎々しい皇帝の時ならぴったりだったかも、と、思ったら、もう20年も前の映画だったのね。ちょっと呆然。映画のテーマが、ナポレオンの人間としての弱さだと私は感じたので、意図したのかもしれないけど、ナポレオンという稀代の英雄の圧倒的カリスマが、戦場でも感じられなくて、いきなり兵がナポレオンに寝返っても、取って付けた感が。

 そして、彼がなぜ、そんなにに執着し、精神的に依存しているのかも分からない。あくまでも、私の感想ですけど。ジョゼフーヌ役のヴァネッサ・カーヴィーさん、たいそう美しく、ドレスも似合っておられたけど、こちらもカリスマが感じられなくて。そこを納得させるだけの演技だったら、アカデミー賞確定?

 劇場版は158分ですが、ジョゼフィーンと出会う前を加えた270分バージョンもあるという噂。もう、ミニシリーズですね。家でストリーミングでなら、追加部分を見たいかも、かな(?)派手なドンパチがあるならね。


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キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン

 隣町の映画館に見に行きました。3時間26分。いくら配信用とはいっても、長すぎませんか…

 長いけど随分と評判が良いので、集中して観るために劇場で見ました。家で配信を観てると、絶対途中で気が抜けるし。同じスコセッシ監督の「アイリッシュマン」、210分なんて、ながら見しちゃって、結局、「で、なんだったっけ?」になっちゃったから。個人的な感想は、画像の後に。

 あらすじは、1920年代、オクラホマ州の荒地に追いやられた先住民、オセージ族は、そこから石油が出たことで、いきなりアメリカ1の大金持ちに。でも、石油利権による財産は白人の後見人が管理するという制度があって、お金を使うのに許可を得なきゃなんないし、白人側はあの手この手で着服するし。また、オセージ族と結婚したら、オセージ族でなくても受益権を相続できる。つまり、配偶者が死んだら、利権は自分のものになる。だます、脅す、殺す。でも警察は何もしません。蛮族なんぞ、なんぼ死んでも知ったこっちゃないんですね。19世紀と何ら変わっていない。

 街でその悪を仕切っているのが、オセージ族を温かく見守るふりをしながら、悪の所業を尽くす、「私のことはキングと呼んでくれ」な、ウィリアム・キング・ヘイル(ロバート・デ・ニーロ)です。ヘイルの甥が、第一次世界大戦から帰還したアーネスト・バークハート(レオナルド・ディカプリオ)。初めは叔父に言われて、オセージ族の女性、モリー・カイル(リリー・グラッドストーン)に近付きますが、本当に深く彼女を愛し始め、子供も3人もうけました。モリーは糖尿病に罹っていましたが、そんな中でも、満足りた家族生活を送る一方で、彼女の姉妹や母、従兄が続々と不審な死を遂げて…

 ウィキペディアでの概略は:
 舞台は1920年代のオクラホマ州オーセージ。その土地の石油鉱業権を保持し、高い利益を得ていた先住民オーセージ族(英語版)が次々と謎の死を遂げる。元テキサス・レンジャーの特別捜査官トム・ホワイトは、後のFBIとなる捜査局と29歳のジョン・エドガー・フーヴァー長官の下、大規模な捜査を開始する。しかし、利権や人種差別が複雑に絡み合う事件に捜査は難航する。(ウィキペディア)ですが、これは、原作、「花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生」に忠実な、元々の捜査に重点を置いた、ディカプリオがトム・ホワイトを演じるはずだったFBI創設を語るプロットですよね。

 同ページによると、こういった作品は、「1960年代初頭以降、アメリカの映画製作者たちは西部劇の伝統的な要素に疑問を抱くようになり、西部劇映画は「ヒーロー対悪役」という善悪二元論からの脱却を目指し、登場人物が暴力的手段で物事の解決を図ることに観客が疑問を抱くような内容に変化していった。また、従来「野蛮人」として描写されていたネイティブ・アメリカンを積極的に題材にするようになった修正主義西部劇(Revisionist Western)」なんだって。昨今のポリコレの主流派。

 映画は、FBIから颯爽とやってきた捜査官が、原住民を食い物にする悪徳白人の罪を暴く勧善懲悪ものではなく、人間の底知れぬ欲望と恐ろしさ、差別、偏見、そして愚かさを描いています。

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原作は翻訳が早川から出ています。読みたい


  前振りが長かったけど、一言でいうと「重かった…」です。ありきたりな感想ですが、これが実話を基にしていることに驚き。アメリカ史には、まだまだ私の知らない闇が沢山ある。

 アーネストは、戦争の英雄が返ってきたと叔父に迎えられますが、実は炊事兵でした。それでも、兵士は食べなきゃならない、重要な役割だと煽てられて、すっかりご機嫌。ディカプリオ史上、初の意志薄弱男ですが、感情がモロ表情に出る男の役なので顔芸がすごいのに加え、撮影の光と影が、劇場の大きな画面で見た甲斐あったと思わせてくれました。一方のデ・ニーロは、穏やかで優し気な表情から、一瞬で眼付が変わって怖くなる十八番。そしてモリー役のリリー・グラッドストーン、佇まいが素晴らしい。

 愚鈍なアーネストは、叔父に煽てられるまま悪事に手を染めていきますが、元から金に汚い素行の悪い男だった。妻のモリーを愛しながらも、叔父に言われるままに毒を盛るのは、それが毒だと知っていて、お金に目がくらんだのか?自分もウイスキーに、その「大人しくさせる薬」を混ぜてグダグダになって、この薬を怪しいと思わなかったのか?単に自分も落着こうと飲んだのか?

 もし毒だと知っていたなら、愛する妻を殺そうとしているのだけど、アーネストは相当なアホなので、私には殺意があったのかどうか判らない。叔父に逆らえないから、褒めてもらいたいから?モリーとの会話で、あの注射の中身は何だったのと聞かれ、「インシュリン」と答える前に少し躊躇ったのは、毒だと知っていたからなのか?(この時のモリーの表情、ずしっと来る!)

 
 最初と最後に、スコセッシ監督が登場します。映画の始まる前に、監督としてもメッセージ、そしてラストシーン、事件はラジオ劇になり、その最後に、主要人物たちのその後を語るプロデューサー役として。ヘイルとアーネストは実刑を受けたものの、数年後に釈放されます。アーネストは仮釈放の間にコソ泥を働いて再び収監されるけど、その後また釈放され、自業自得で惨めな晩年を迎えますが、ヘイルは敬老院で93歳まで生きている。死因を偽装したり、毒を調達した医師も、悪事にがっちり加担していたアーネストの弟の不起訴。資産目当てで殺害されたオセージ族は20人以上から60人以上とはっきりしたことは分っていません。結局、正義なんて無い。

 そして、今のオセージ族は他の部族同様にカジノ経営権を持ち、この映画の舞台となったオクラホマ州オセージ郡に自治政府を有しています。原住民族の中では資産のある方かもしれないけど、かつての栄華はどこに消えたのでしょうね…



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Author:sirowaniko
アメリカ生活も30年超え、NY、MA、DC、TX,CO、CA、OHを経て、今は南部のジョージアに犬猫と住んでいる普通のおばさん。蚊と蚤とトランプ一味以外の生き物が好き。

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