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アメリカから星が4つ去っていきました

 米軍制服組トップとして湾岸戦争を指揮し、子藪(ブッシュJr. )政権時に黒人初の国務長官を務め、たコリン・パウエル将軍が、新型コロナウイルスの合併症のため死去したと、家族がフェイスブックで公表しました。84歳。コロナワクチンは2度とも接種済みでしたが、多発性骨髄腫とパーキンソン病の闘病中でもあり、また、その治療のため免疫機能が低下していたそうです。84歳をまだ若いとみるか、もう寿命だったとみるかは分かれると思いますが、ベトナム以来、戦場を駆け回った方だけに、病名を聞くと化学兵器の影響も無視できないように思います...

 1991年、湾岸戦争開戦を控え、当時、統合参謀本部議長だったパウエル将軍は、「私はイラクに派遣する兵士を全員生きて帰したい」と発言し、実際に戦争を43日で終結させました。当時、学生だった私も、この様子をテレビのニュースで見ましたが、自分で何度も戦場を経験し、その悲惨さを周知した人の言葉の重みは響くものがありました。

 貧しいジャマイカからの移民2世、戦場での叩揚げで将軍となった、その指導力、器の大きさでアメリカの英雄となりました。様々な地に足の着いた暖かなエピソードが伝えられる人でもありました。常にリーダーとして先頭を走ってきたように見えたので、ウェストポイント出身のエリートかと勝手に思っていましたが、実は高校時代まで成績は振るわず、ニューヨーク市立大在籍中にROTC(予備役将校訓練課程)に参加したことで、自分の進むべき道を見出し、卒業後、1958年に陸軍入隊。ベトナムで南ベトナム兵士の訓練を行ったのが、最初のツアーだったそうです。

 2003年、国務長官時に今すぐ戦争を仕掛けたいとする子藪とチェイニー副大統領を諭し、先ずは国連に問うべきと、情報局の情報を基に国連安保理会合でイラクの大量破壊兵器の「証拠」を示し、開戦に向けたスピーチを行いましたが、後に大量破壊兵器が存在しなかったことが証明されて批判を受けました。のちに、このことを後悔していると本人も言っています。

 何度も大統領選への出馬が噂されましたが、家族の反対等を理由に出馬はしませんでした。ご本人は、大統領になりたいとは思っていなかったのではないかと思います。晩年は、自分と同じような黒人の若者たちの育成に努め、共和党であることを明言しつつ、、やはり、未来ある黒人の若者(パウエルさんから見たら若い)民主党候補のオバマ上院議員を支持しました。

 原題において、最も尊敬された、そして尊敬に値するアメリカ人だったと思います。

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合掌




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こんにちは。私もてっきりエリートだと思っていたので出自を知って驚きました。マイアメリカンジャーニー(日本語版)を読んでみようと思っています。
YOSHIさん
私も、逝去を伝えるラジオで初めて色々と知りました。私もマイアメリカンジャーニー(もちろん日本語版)読みたいです。
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sirowaniko

Author:sirowaniko
アメリカ生活も30年超え、NY、MA、DC、TX,CO、CAを経て、今はオハイオに犬猫と住んでます。蚊と蚤とトランプ一味以外の生き物が好き。

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